精神医療改革

日本の精神科医療には大きな問題が山積しています。

改革の動きもいくつかあります。
現在の改革は、「長期入院患者の解消」をメインターゲットにしています。
精神科病棟に長期入院している人は、疾病だけではなく、「長期入院していた」ということによる後遺症の影響が大きく、一筋縄ではいかない人ばかりです。長期入院者は、ある意味で「保護されている」とも表現できる特殊な環境に長期間いたために、疾病の影響も相まって環境変化に適応する能力が大きく低下してしまっています。

こうした人々をまじめに支援してきた支援者は、地域移行のために環境変化の少ない「病棟転換型居住系施設」を容認する立場になりがちです。

また、現状では精神保健福祉法に規定される強制医療が必要なケースが存在することは確かですが、今後の社会の成熟に伴って減少していくものと思います。こうした社会的な役割を失いつつある精神科病棟とその看板を変えただけの病棟転換型居住系施設を社会からなくすべきという原則論に忠実な人は、「病棟転換型居住系施設」に絶対に反対の立場となります。
何を重視するかが異なるので、議論があまりかみ合いません。後ろでほくそ笑んでいるのが日本精神科病院協会という構図になっています。

フィンランドの改革やベースとなったオープン・ダイアローグ・アプローチ(ODA)の考え方を参考にすると、精神科医療改革は精神科急性期の対応を変えることがポイントになるのではないかと考えています。

こころの科学に伊勢田堯先生が「フィンランドとベルギーの精神医療改革」と題する論文を執筆されました。
・伊勢田堯:フィンランドとベルギーの精神医療改革-発病早期の治療vs長期入院の解消.こころの科学No.180、63-69、2015

この論文によれば、オープン・ダイアローグ・アプローチを中心とした発病最初期の段階から、患者・家族を支援する早期介入サービスの導入による精神医療改革に着手したフィンランドでは、統合失調症の1年以上の入院患者はゼロになり、脱施設化も順調に進んだそうです。

日本の精神科救急の世界では、「隔離・拘束などの行動制限は暴れている患者に安全に近づくことができるきわめて有効な手段であり、もっと活用することが重要だ」みたいな主張が大手を振ってなされているそうなので、ここら辺からかえることかなと思っています。

以下、私が伊勢田先生の論文から理解したところを記載します。

・フィンランドの精神医療改革について
過去に現在の日本以上の隔離収容大国だったフィンランドは、昨今の病院中心から地域ケアへの精神医療改革が功を奏し、脱施設化が順調に進んだ。

人口1000人あたりの精神科病床数
1980年 4.0 →1990年 2.3 →2000年 1.0 →2009年 0.84 →2014年 0.71
ちなみに現在の日本は、2.69です。

・改革の中心は1990年からのオープン・ダイアローグ・アプローチ(ODA)の全国展開 ←統合失調症患者への早期介入(発生予防、慢性化予防)の取り組み

オープン・ダイアローグとはフィンランドの西ラップランド精神保健圏域で展開されている精神科治療システムです。
ドキュメンタリー映画がYOUTUBEで公開されています。(74分)



統合失調症圏の精神障害の初回エピソードに対して、8割以上が障害を残さずに回復、5年後に薬物療法をしているのはわずかに33%のケースのみという驚異的な治療成績を残しています。「統合失調症は慢性進行性疾患」を常識にしている、私たち日本の精神科医療では考えられないことです。

雑誌「精神看護」の2015年3月号に論文が載っています。
・下平美智代:さらに見えてきたオープンダイアローグ フィンランド、ケラプダス病院見聞録.精神看護vol18,No.2、p.106-122、2015

この論文の中にある、初回エピソードで旧来の精神科医療の治療を受け、2回目のエピソードでオープンダイアローグの治療をうけたある女性の言葉です。
「これは1年前の私の最初の病気の時と比べてとても違っています。その時、私の家族は医師と会いました。その医師の主な関心は、家族の皆にいかに私がおかしいか聞き出すことでした。私がまるでそこにいないかのようでした。今はすべてが違います。私はここに居て尊重されています。」

これは、イタリア トリエステでの精神障害の急性期の人に対する対応にとてもよく似ています。

・取り組みの成果
 1年以上入院した統合失調症患者はゼロになった。
   ←これに対して日本では、「入院中の精神障害者のうち、1年未満入院者の平均退院率」を平成26年度に76%にする目標を立てていますが、
    平成20年度 71.2%  平成24年度 71.3%
    とほとんど改善が認められていません。
 すべての統合失調症障害(統合失調症及び統合失調症型精神病)患者は有意に減少した。このうち減少したのは統合失調症だけであった。
 →初回接触の患者の全体数は減少していないので、精神科の危機から統合失調症になるケースが減少したことは明らかのようだ。
  統合失調症の現象を治療不可能な病理と解釈することはできない。
  ODAは統合失調症を予防していないとしても、少なくとも慢性化予防にはなっている。

・新たな取り組みは重度の精神保健問題発生に強い影響をもたらし得ることが示唆された。
 これらの成果は危機の際に現場の大勢の関係者が参加したことによって支えられたものである。

フィンランドの精神医療改革のポイント
・改革のリーダー達が、「ヒューマニズムに基づいた精神医療」を創造するという崇高な理想を掲げて邁進したこと
・発病最初期の段階から、患者・家族を支援する早期介入サービスの導入による精神医療改革に着手したこと
 (←これに対して、日本では長期入院患者の解消を改革のターゲットにしている)
・隔離収容のサービスが染みついた職員への研修に多大な努力を払ったこと ←個人的にはこの点に興味があります。

日本の精神科医療改革でも、質のいい早期介入サービスを充実させるのが大切なのではないかと思いました。もちろん、この「早期介入サービス」とは精神科薬物療法を中心とした介入ではなくて、オープンダイアローグなどの「現場の大勢の関係者」が暖かく関わるタイプの急性期介入です。

私はずっと急性期に隔離・拘束などの行動制限を多用した強制的な精神科医療に慣れ親しんできましたが、こうした急性期介入のあり方が実は大きな問題なのではないかと思い始めています。
統合失調症などの内因性の精神病においても、精神症状は環境的な要因の影響を受けやすいものです。日本の急性期における精神科医療の、本人の意思を無視した強制的な対応が、その後の精神疾患の予後に大きな悪影響をもたらしていると思われてなりません。
隔離・拘束などの行動制限を多用し、精神科薬物療法を治療の中心に据えた「日本の通常の精神科急性期介入」を行うと、数%の「重度かつ慢性」という人(国の審議会ではnew long stayなどと呼んでいます)を生み出してしまうのではないでしょうか。

ところで、このnew long stay だとか old long stayだとか、とんでもない用語だと思います。この表現だと精神障害の当事者がまるで自分の意思で精神科病院にいるようなイメージになってしまいます。

もう一つのベルギーの精神医療改革についてです。

ベルギーには、国民皆保険制度があり、精神科医療は民間単科精神科病院が中心で、精神科病床数が多く、平均在院日数が長いなど、日本と同じような特徴を持っています。日本精神科病院協会では、平成24年5月の将来ビジョン報告書の中でベルギーの1990年改革を成功例として紹介し、介護精神型老人保健施設の創設を主張しました。
http://www.nisseikyo.or.jp/news/jimukyoku/757.html

日精協の将来ビジョン報告書をかいつまんでみると・・・

ベルギーでは1990年から、精神科病床削減を目的とした新型ナーシングホームPVTuが創設された。病棟転換型のPTVuも認められ、普及が進んだ。PTVuは病院敷地内で、一回限りの使用とされ、患者が亡くなればそのベッドは封印され、患者の利用率が下がれば自然とその施設は閉鎖されることになっていた。PVTuは「入口を別に設ければ同じ敷地内でもよい・・・」等、規則が緩和され、病棟からの転換が容易であった・・・
などと今回の病床転換型居住系施設ときわめてよく似た施設がつくられた。

しかし、このベルギーの1990年改革は残念ながら、少ない人手で大型の施設収容的環境のまま長期入院患者を囲うことになってしまい、失敗におわりました。

2010年から新たな改革が始まりました。精神科病院の病床削減と、人口に応じた地域別の必要なモバイルチーム(急性治療チームと慢性期治療チーム)を病院で立ち上げることをセットにし、私立精神科病院の総体としての予算を確保する形で、病院医療から地域ケアへの転換を図っているようです。実際にこの6年間で急速に脱施設化が進行し、伊勢田論文によれば改革は軌道に乗っているようです。

これに対して日本では、当事者団体の強い反対を押し切り、病棟転換型居住系施設を認める政策を打ち出しました。これは、精神科病棟をそのまま介護施設、グループホームやアパートその他の居住系施設への転換を認めるもので、ベルギーで失敗に終わった1990年改革をモデルにしたものです。
せっかくのベルギーでの20年間の社会実験の教訓は活かされませんでした。

病棟転換型居住系施設を検討した国の審議会(精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針等に関する検討会)委員だった方からのメ-ルです。

>国の審議会では昨年の国検討会でもしきりと取り上げられたベルギーの話ですが、
>病棟転換容認派は国情が似ていることをベースに、転換施設を導入したベルキーを
>礼賛、しかし検討途中に「時間の推移で改革を見直したベルギー」のことが情報として
>出回ると、ぱったりと“ベルギー話”は止みました。

更新:2015/4/2

Blogカレンダー

2017年12月
« 11月  
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

Blogへの投稿

このサイトの検索

ページ上部へ戻る

Copyright @ Hideki Ueno. All Rights Reserved.