精神科病棟の問題点

先日、認知症ケアの専門家が認知症精神科病棟を見学し、その中での処遇に驚愕したというお話を聞きました。認知症精神科病棟も日本の精神科医療の問題点をそのまま引き継いでいます。

日本の精神科医療の問題点は、
・民間精神科病床が過剰に存在していること
・精神保健福祉法の問題
の2点に集約されます。

世界の精神科病床185万床の約2割にあたる35万床の精神科病床が日本にあります。そして、その9割が民間病床です。日本にだけ入院を必要とする精神障害の人が多いわけではありません。さらに治療技術の進歩と社会意識の変革により、入院を必要とする精神障害者は減り続けています。
その一方で現在の日本では、認知症の人を支える社会的な支援が不十分なために、精神症状を生じてしまう認知症の人が多く存在しています。さらに民間事業者は保有する設備を活用しないと経営が維持できないため、民間精神科病院では「入院してくれる人」を求めています。この「精神症状のある認知症の人の入院ニーズ」と「入院する人を集めたい民間精神科病院のニーズ」がぴたりと一致して、現在の日本では認知症の人の精神科入院が増えているのです。世界的に見てきわめて非常識で異常な状態です。

        病院に入院中の  精神科病床に入院中
        認知症の人の数    の認知症の人の数

• 平成11年    54000人      36700人  
• 平成14年    71000人      44200人  
• 平成17年    81000人      52100人  
• 平成20年    75000人      51500人  
• 平成23年    80000人      53400人  

精神科医療は精神保健福祉法によって規律されています。
精神保健福祉法は、決して精神障害のある人の自立支援、自己決定権行使のための法律ではなく、精神障害者の社会からの隔離・収容のための法律であり、深刻な問題点を内包しています。この法律に従って医療を提供していると、自然に上から目線で管理的な医療になってしまいます。

日本ではじめて精神障害に関する法律が出来たのは1900年(明治33年)の精神病者監護法です。精神病者監護法の立法趣旨は、問題を起こす可能性のある精神障害者の社会からの隔離と管理でした。
そして、精神病者監護法では、自宅に牢屋のような監置場所をつくって、そこに精神障害者を監置するという、世界に類のない私宅監置制度(座敷牢)が認められました。この私宅監置制度を管理したのは、内務省-警察です。私宅監置された精神障害者は、十分な医療やケアを受けることはなく、多くは悲惨な状況に置かれていました。そして、その実態を調査した東京帝国大学 呉秀三教授は、「わが国十何万の精神病者はこの病を受けたるの不幸のほかに、この国に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」という言葉を残しました。

こうした悲惨な私宅監置制度の弊害を解消するため、公立の精神科病院の建設を目的として大正8年に精神病院法が制定されました。

残念ながら、第一次世界大戦後の経済事情の悪化で、公立病院の設置は進みませんでした。

戦後になって、ついに私宅監置制度は廃止されることとなり、都道府県に公立精神科病院設置義務を課した精神衛生法(1950年)がつくられました。その後、1954年(昭和29年)の患者調査で全国に精神障害者が約130万人、うち要入院の状態の人が35万人存在していることが明らかになりました。このときの精神科病床数は約3万床です。何万人もの人が私宅監置に近い状態に置かれている可能性があったのです。

入院設備の整備が急務とされましたが、公的病院の整備は「財政難」を理由として遅々として進みませんでした。国では、1958年に厚生省事務次官通知として精神科特例(精神科病棟においては一般科病棟に比較して、医師数は1/3、看護師数は2/3でいいとして、精神科病院に運営上のメリットを与えたもの)を出し、1960年に医療金融公庫が設立され、民間精神科病院の建設に低利融資が行われたことで、民間精神科病院ブームといわれる状況が起きました。
さらに1964年(昭和39年)のライシャワー事件で、「危険な精神障害者を野放しにするな」という世論が盛り上がり、旧厚生省は精神障害者の収容政策に大きく舵を切りました。

その後、宇都宮病院事件などの精神科病院不祥事の多発をうけ、精神保健法(1987年)と名前が変わり、1995年には精神保健福祉法とななりました。
法律の名前は変わりましたが、精神保健福祉法の立法趣旨は精神病者監護法の昔と変わらず、「社会にとって困った存在となりうる精神障害者に医療及び保護を与えるという名目で、社会から隔離・収容すること」です。

私たち精神科医は、精神保健福祉法に則って医療を提供するように訓練されます。そして、精神保健指定医の資格を持つと強制的な入院の決定や入院中の行動制限の指示が出せるようになります。精神保健指定医は、5年間以上の臨床経験(うち3年以上の精神科臨床経験)を持つ医師が所定の講習を受講し、8例の症例レポートを提出し合格すると厚生労働大臣から与えられる資格です。
8例の症例レポートの採点ポイントは、精神保健福祉法に定められた強制入院制度や行動制限の制度に関してきちんと理解しているかどうか、です。

精神保健福祉法
第一条  この法律は、精神障害者の医療及び保護を行い、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(平成十七年法律第百二十三号)と相まつてその社会復帰の促進及びその自立と社会経済活動への参加の促進のために必要な援助を行い、並びにその発生の予防その他国民の精神的健康の保持及び増進に努めることによつて、精神障害者の福祉の増進及び国民の精神保健の向上を図ることを目的とする。

この第一条の立法趣旨にあるように、精神障害者の自立や自己決定権の行使の支援がはじめに掲げられてはいません。まず、「精神障害者の医療および保護」が第一に掲げられています。また、「その社会復帰の促進及びその自立と社会経済活動への参加の促進のために必要な援助」と書かれているように、まず、精神障害者が社会から排除されていることを前提とした記載になっています。

そして、現実の医療現場では、精神保健福祉法は主に強制的な精神科入院と行動制限を正当化するための根拠として使われています。

おそろしいことに、精神保健福祉法に則って医療を提供していると、知らず知らずのうちに
・精神障害者は自分たちとは「違う」人々である
 →精神障害者が慢性期閉鎖病棟の「ひどい環境」で生活していてもおかしいとは思わない
・精神障害者は自己決定する能力に欠けているので、こちらから生活上の指示を出して従わせるのが、相手にとっても望ましい
などという意識を自然に持ってしまうのです。

実は精神科医療の専門家達が、精神障害者に対してきわめて強い偏見を持っているのです。
(この「精神科医療の専門家」にはもちろん私も含みます。)

私は、ピラミッド型の権力構造を持った組織では、人権侵害が起こりやすい傾向があるのではないかと考えています。
多くの精神科病棟は閉鎖病棟であり、密室です。その中は、医師を頂点としたピラミッド型の権力構造になっています。
精神科病棟は、そこに入院している人にとってだけではなく、働いているスタッフにもおそろしいところです。精神保健福祉法に定められた手続きを踏めば、合法的に入院患者の人権制限が可能になっています。医師だけではなく、働いているスタッフすべてに、入院している患者の人権を制限することの問題意識が希薄です。法に定められた手続きを踏めば、許されると考えています。数々の不祥事で、行動制限の要件は厳しくなりましたが、現場のスタッフに「行動制限を減らそう」という意識はなかなか生まれてきません。「必要があって行動制限をしている。それならば要件を満たして行動制限をできるようにしよう。」と考えてしまいます。

私は、精神保健福祉法のベースにある管理的な思想が問題であると考えています。以下、家族会の方からいただいたメ-ルを引用します。

精神保健福祉法は地獄の掟のような法律です。(中略)先生のおっしゃる通り、この法律では患者は幼児と同じ扱いです。入退院は家族と医師が決めてしまいます。医師は強大な権力を持ち、患者は自信を喪失し、自分を普通の人間とは思えなくなっていきます。権利を回復するための精神医療審査会は医師の味方です。精神科病院での処遇のあり方が、精神障害者の福祉施設のあり方にも影響を与えています。患者は退院して福祉施設に通っても、職員に対して同じような立場に置かれます。なんとか廃止したい法律です。

管理者も同様なので、ひどい場合にはスタンフォード監獄実験のような状態になってしまうことがあります。

スタンフォード監獄実験で明らかになったのは、権力を持つ人間が持たない人間と狭い空間で一緒にいると次第にびっくりするような虐待をしてしまう可能性があること、そして「普通の人」が組織の中で役割を与えられただけでそうなってしまうということでした。特定の個人に責任があるというよりも、システムに問題があるために虐待や人権侵害が生じてしまうのです。

スタンフォード監獄実験の責任者だった人のTED講演「フィリップ・ジンバルド:普通の人がどうやって怪物や英雄に変貌するか」を見ました。

フィリップ・ジンバルド:普通の人がどうやって怪物や英雄に変貌するか

なかなか素晴らしいのでご覧ください。

「悪」は「力の間違った行使」です。スタンフォード監獄実験でわかったことは、「環境によって、所属する組織のシステムによって、普通の人が極悪なことを平気でしてしまう」ということでした。イランのアルグレイブ刑務所での信じられないような虐待も「普通の兵士」がしたことでした。

権力を与える場合には、それが濫用されないように細心の注意を払わなければなりません。

精神科の閉鎖病棟においては、医療者に強大な権限が与えられています。
現状の法制度に基づくあの環境では、その濫用を防ぐことができません。
「普通の人、普通の医療者が虐待をしてしまう」のを防げないのです。
精神保健福祉法を抜本的に改正するか、20万床以上と思われる「過剰な精神科病床」を即刻閉鎖すべきだと考えています。

更新:2015/3/17

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