身体拘束を考える視点その3

今回は精神科における身体拘束を減らす方法を考えます。

B.精神科における身体拘束削減に関する検討−2段階の検討が必要

B−1.そもそも精神科への入院の必要性があるのか、精神科病棟の存在自体が社会にとって必要なのか

精神科病棟における身体拘束を減らすためには、そもそもまず精神科病棟への入院の必要性自体があるかどうか、精神科病棟の存在自体が社会にとって必要なのかどうかを検討する必要があります。

精神障害がある人が社会の中でふつうに生活できる様な環境があり、社会の中でクライシスに対応できる仕組みがあれば、入院自体が必要なくなるからです。入院自体がなければ、身体拘束は生じません。こうした社会的環境はイタリアのトリエステ、トレントなどで実際に実現されています。

今の日本の常識的な考えでは、精神障害の人を支えるために精神科病棟という仕組みが必要ということになっています。この文化を変えていくことができるかどうかを正面から議論することが重要です。

私の経験からは、認知症に関しては精神科入院の必要性は極めて低いと言うことが言えます。

B−2.社会にとって精神科病棟の存在が必要であるとした場合の身体拘束を減らす方法

社会にとって精神科病棟の存在が必要であるとした場合、すなわち精神科入院が必要なケースがあるという前提にたった場合に、身体拘束を減らすための方策を考えます。

B−21.精神科における身体拘束増加の要因に関して

厚労省は、「急性期の入院患者が増えていることが関係」(2015年5月12日塩崎厚生労働大臣答弁@参議院厚生労働委員会)と捉えているようです。さらに、身体拘束の増加の要因に関しては、精神科救急医療における身体拘束に関する積極的評価が提唱されていることが大きく影響しているものと考えることもできそうです。精神科救急病棟で、「治療はまず身体拘束から」などと運営しているのを聞くと身体拘束に治療上の意義を積極的に認めている可能性があるのではないかと考えています。

最近、認知症の精神科入院が増加していることも大きな要因かも知れません。

また、精神科はもともと、国が通達した特例で、他の科より医師や看護師の数が少なく、診療報酬を低く抑えられてきた歴史があります。そもそも物理的に不可能なマンパワーで適切な支援を提供することは不可能です。

B−22.精神科における身体拘束と職員の意識

杏林大学の長谷川利夫先生の研究からは、
・患者にとって不利益だという意識が薄い職員は、隔離や身体拘束に対して積極的
・不実施不安度 隔離や身体拘束をやらないと不安になってしまう気持ちが大きいほど隔離や身体拘束に積極的
という結果が出ています。

確かにこれはその通りで、都立松沢病院で認知症病棟を担当していたときに、たくさんの患者さんを身体拘束をしていました。当時の私には、身体拘束が人間の尊厳を回復不可能なほどにズタズタにしてしまうということの理解が乏しかったのです
さらに、松沢病院の精神科救急当直をしていたとき、警察官通報で来院し、深夜身体拘束なしで入院させた20歳代の覚醒剤精神病の男性患者に、入院2時間後に保護室内で暴れられる寸前になってからは、ほとんどのケースで救急当直入院時に身体拘束をするようになりました。

・患者にとって不利益だという意識が薄い職員は、隔離や身体拘束に対して積極的
1月11日のNHKクローズアップ現代+「認知症でしばられる!? 〜急増・病院での身体拘束〜」番組の中で紹介されていた都立松沢病院の取り組みは、まさにこの点に働きかけるものでした。
スタッフが、身体拘束をされた経験のある患者さんのアンケート結果を読んだことで、いかに身体拘束が患者にとって不利益であるかを理解することができるようになったのでしょう。
さらにこの改革が成功した大きな要因は、現場の考え方、文化を変えられたことでしょう。「身体拘束は仕方がない」と考え、「身体拘束を減らせない理由を探す」のではなく、明確なビジョンを掲げて、一つ一つできることから身体拘束最小化を徹底したこと、これが大きかったのではないかと思います。

B-23.精神科治療における考え方を変えること

精神科医になって、20年以上が経過しました。私は、自分が受けてきた精神科医療の教育がそもそも間違っていたのではないかと考えています。ずっと「精神症状をなくすこと」が精神科医療の最も重要な目標であると教育されてきました。精神状態に関して、正常と異常を区別し、精神症状というラベルをつけて主に薬物療法によって取り除こうとするのです。
たとえば、肩が痛いとかおなかが痛いといった場合には、どうしてそうした症状が生じてくるのか考えます。しかし、現在の精神科医療においては、医療者が幻覚や妄想などとラベルをつけて、その精神症状を主に薬物療法で取り除こうとします。しかし、たとえ幻聴や妄想であっても、そうした精神症状には本人にとって意味があるのです。こうした意味を考えるのが北海道ベテルの当事者研究になります。さらにこちらのTEDトークも参考になります。

エレノア・ロングデン: 私の頭の中の声

精神症状を取り除こうとするだけではなく、精神症状との共存を図ることによって回復することがあることがわかります。

また、「精神症状をなくすこと」を第一の目標とすると、そのためには身体拘束も許されるし、不告知投薬も許されるし、多少の薬の副作は仕方がない....ということになります。「精神症状をなくす」ためにさまざまな薬を試し、増量し、さらに併用することで、多剤大量併用療法が起こってきます。

もし、「人間としてのその人を支えること」が精神科医療の最も重要な目標としたらどうでしょうか?身体拘束は絶対にやるべきではないということになり、強制医療の正当性も再考することが必要になります。もちろん、「精神症状をなくすこと」も人間としてのその人を支えることに役に立つので、優先度は下がりますが否定されることはありません。

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更新:2018/1/12

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