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NPO主任介護支援専門員ネットワ-ク認知症指導者研修

NPO主任介護支援専門員ネットワ-ク認知症指導者研修にて精神症状のアセスメントに関する研修を行いました。
そこで利用したスライドの追加資料です。

追加分

更新:2018/1/21

身体拘束に関する研修

クローズアップ現代+の番組を題材に、身体拘束の研修をしています。
この研修の中では、参加者ひとり一人に身体拘束に関して考えてもらいます。

ポイントは、2つの立場から考える実習です。
ひとつの立場は、「適切な治療のために身体拘束は必要であると考える立場」、もう一つは、「身体拘束を全廃すると決めて、一つ一つできることを探して、実践していく立場」です。実習では、講師の私が「適切な治療のために身体拘束は必要であると考える立場」にたち、参加者には「身体拘束を全廃する立場」に立ってもらいます。
グループワークの中で、「身体拘束が必要であると考える私」を説得してもらいます。

こんなケースを利用します。
<ケース>
夜間になると突発的な暴力行為が認められる80歳の高齢男性。点滴の必要性があるのに、いくら説明しても理解できずに自分で抜いてしまう。それも思いっきり引っこ抜いたりするので、血の海になったりすることもある。
そして現場は常に人手不足・・・

このケースに関して、私が「適切な治療のために身体拘束は必要であると考える立場」から、拘束が必要な理由を以下のように述べます。

・暴力は突発的で予測が不可能。本人にとっても危険が大きく、身体拘束は必要。
・他の入院患者さんへの他害行為の恐れもある。他の方を守るために身体拘束は必要。
・身体拘束をしていれば、突発的な暴力におびえることなく、近くに寄り添ってケアができる。身体拘束はケアの質を上げることにもつながる。
身体的な治療のために必要な点滴を、理解できずに抜去してしまう。脳梗塞予防のために血液をさらさらにする薬を内服していたりすると、出血が止まりにくく、本人の危険も大きい。身体拘束は必要。
・ふらふらと歩き回ることも多く、転倒の危険性も高い。本人の安全を守るために身体拘束は必要。転倒してけがしたりしたら、家族から訴えられる可能性もある。
・夜勤帯は少ないスタッフでたくさんの人をみなくてはいけない。やらなくてはいけないケアもてんこもり。こんな人がいたら、他の人をケアすることができない。身体拘束によって他の人に対するケアの質を上げることができるから、身体拘束は必要。

これに対して、参加者には「身体拘束を全廃する立場」から私を説得してもらいます。

いろいろな意見が出てきます。
これまでの意見の中で、ひとつ素晴らしいと思ったのは、「相手を人間として見ることができるように、人間として接することができるように工夫している」という発表でした。その事業所では、利用者のアルバムや映像を持参してもらって、スタッフに見てもらいます。写真や映像にまつわる逸話も含めて説明してもらうそうです。そうしたら、相手を人間として見ることができるようになるからと。

たとえば、夜間せん妄で火事場の馬鹿力で暴れている人は、ふつうにみるとモンスターにしか見えません。人間として見ることができなければ、まず薬で鎮静かけてしまおうとか、それでもだめなら身体拘束してしまおうとか思ってしまいます。人間として見ることで、どうしてそんな状態になっているのか、正常心理で考えることができるようになるのです。

上記のケース、拘束が必要な理由を考えはじめたらいくらでも見つけることができます。
でも、拘束をしなくてもすむ工夫もたくさん見つけることができるのです。

例えば、
・夜間になると突発的な暴力をするというのは、夜間せん妄、意識障害を生じている可能性がある。せん妄状態、意識障害の原因として、身体状況、内服内容をチェックし、改善することで改善する可能性があるかも知れない。
・夜間になって暴れたりするのは、周囲の環境に混乱しているためかも知れない。本人にとってのなじみの環境を作り出すことで落ち着くことができるかも知れない。
・日中の過ごし方が問題で、夜間に十分に睡眠がとれず、暴力を生じているのかも知れない。日中の過ごし方を考えたら、改善の糸口が見つかるかも知れない。
・そもそも点滴をする必要があるのかどうかを検討すること。さらに、ずっとついていられる時間帯で済ませるように工夫したりすることができるかも知れない。
・転倒しても大丈夫な環境を整えたりする工夫。
・そもそも入院させないですむような工夫を考えること。

まず、「拘束をなくす」という立場に立って、できることから一つ一つ積み上げていくことが重要なのです。

更新:2018/1/20

反響

平成30年1月11日NHKクローズアップ現代+「認知症でしばられる!?~急増・病院での身体拘束~」に対する反響です。

民間精神科病院(600床)に勤務する中堅どころの精神科の男性医師から、以下のメールをいただきました。

> ちょうど今日、行動制限最小化委員会があり、クローズアップ現代
>を見ていた人も多く、委員会を形骸化させずに出来る事からやろう、
>ということになりました。
>………………………….
>また、院長もクローズアップ現代を見ていて、何とかせねば、という
>気持ちになってもらえたようです。
>番組をきっかけに、何かを変えようとしだした所もきっと少なからず
>あると思います。

素晴らしいことですね。とてもうれしいです。

番組でも触れましたが、重要なのは、現場の考え方、文化を変えることです。「身体拘束」という行為が利用者にとって持つ意味を理解し、その上で「拘束削減(廃絶)」の目標を掲げ、できることから一つ一つ変えていくことが重要です。

ある課題を検討するときには、どういう立場から検討するかがとても重要です。

たとえば、夜間に信じられないような力で突発的な暴力行為をすることがある高齢者男性がいるとします。

このケースに関して、もし「身体拘束は仕方がない」「適切な治療のために一時的な拘束は必要」という立場から検討すると、「拘束が必要な理由」を探すことになります。このケースで「拘束しなければいけない理由」、「身体拘束を正当化する理由」を探せばいくらでも見つけることができます。(他の患者さんに対する他害行為の恐れ、等々)その結果、身体拘束は正当化され、減ることはありません。

でも、「拘束削減(廃絶)」の目標を掲げ、できることから一つ一つ変えようという立場から検討したらどうでしょうか?

たとえば、夜間に信じられないような力を出してくるのは、意識障害、せん妄状態が背景にあるのかも知れません。意識障害、せん妄状態は体の具合が悪さ、もしくは薬の副作用が原因なのかも知れません。また、接し方の工夫や環境の調整も、せん妄状態の症状を改善するのに役に立つことがあります。相手の方にとことん向き合い、深く理解することで、状況を変えることができる可能性もあります。本気で探せば、拘束をしないですむ方法もまた、いくらでもあるのです。

そもそも物理的に不可能なマンパワーでよいケアを提供するのは不可能なので、人員配置を十分にするための方策を社会をあげて考えていくことも必要だと思います。

身体拘束に関する研修

更新:2018/1/16

身体拘束を考える視点その3

今回は精神科における身体拘束を減らす方法を考えます。

B.精神科における身体拘束削減に関する検討−2段階の検討が必要

B−1.そもそも精神科への入院の必要性があるのか、精神科病棟の存在自体が社会にとって必要なのか

精神科病棟における身体拘束を減らすためには、そもそもまず精神科病棟への入院の必要性自体があるかどうか、精神科病棟の存在自体が社会にとって必要なのかどうかを検討する必要があります。

精神障害がある人が社会の中でふつうに生活できる様な環境があり、社会の中でクライシスに対応できる仕組みがあれば、入院自体が必要なくなるからです。入院自体がなければ、身体拘束は生じません。こうした社会的環境はイタリアのトリエステ、トレントなどで実際に実現されています。

今の日本の常識的な考えでは、精神障害の人を支えるために精神科病棟という仕組みが必要ということになっています。この文化を変えていくことができるかどうかを正面から議論することが重要です。

私の経験からは、認知症に関しては精神科入院の必要性は極めて低いと言うことが言えます。

B−2.社会にとって精神科病棟の存在が必要であるとした場合の身体拘束を減らす方法

社会にとって精神科病棟の存在が必要であるとした場合、すなわち精神科入院が必要なケースがあるという前提にたった場合に、身体拘束を減らすための方策を考えます。

B−21.精神科における身体拘束増加の要因に関して

厚労省は、「急性期の入院患者が増えていることが関係」(2015年5月12日塩崎厚生労働大臣答弁@参議院厚生労働委員会)と捉えているようです。さらに、身体拘束の増加の要因に関しては、精神科救急医療における身体拘束に関する積極的評価が提唱されていることが大きく影響しているものと考えることもできそうです。精神科救急病棟で、「治療はまず身体拘束から」などと運営しているのを聞くと身体拘束に治療上の意義を積極的に認めている可能性があるのではないかと考えています。

最近、認知症の精神科入院が増加していることも大きな要因かも知れません。

また、精神科はもともと、国が通達した特例で、他の科より医師や看護師の数が少なく、診療報酬を低く抑えられてきた歴史があります。そもそも物理的に不可能なマンパワーで適切な支援を提供することは不可能です。

B−22.精神科における身体拘束と職員の意識

杏林大学の長谷川利夫先生の研究からは、
・患者にとって不利益だという意識が薄い職員は、隔離や身体拘束に対して積極的
・不実施不安度 隔離や身体拘束をやらないと不安になってしまう気持ちが大きいほど隔離や身体拘束に積極的
という結果が出ています。

確かにこれはその通りで、都立松沢病院で認知症病棟を担当していたときに、たくさんの患者さんを身体拘束をしていました。当時の私には、身体拘束が人間の尊厳を回復不可能なほどにズタズタにしてしまうということの理解が乏しかったのです
さらに、松沢病院の精神科救急当直をしていたとき、警察官通報で来院し、深夜身体拘束なしで入院させた20歳代の覚醒剤精神病の男性患者に、入院2時間後に保護室内で暴れられる寸前になってからは、ほとんどのケースで救急当直入院時に身体拘束をするようになりました。

・患者にとって不利益だという意識が薄い職員は、隔離や身体拘束に対して積極的
1月11日のNHKクローズアップ現代+「認知症でしばられる!? 〜急増・病院での身体拘束〜」番組の中で紹介されていた都立松沢病院の取り組みは、まさにこの点に働きかけるものでした。
スタッフが、身体拘束をされた経験のある患者さんのアンケート結果を読んだことで、いかに身体拘束が患者にとって不利益であるかを理解することができるようになったのでしょう。
さらにこの改革が成功した大きな要因は、現場の考え方、文化を変えられたことでしょう。「身体拘束は仕方がない」と考え、「身体拘束を減らせない理由を探す」のではなく、明確なビジョンを掲げて、一つ一つできることから身体拘束最小化を徹底したこと、これが大きかったのではないかと思います。

B-23.精神科治療における考え方を変えること

精神科医になって、20年以上が経過しました。私は、自分が受けてきた精神科医療の教育がそもそも間違っていたのではないかと考えています。ずっと「精神症状をなくすこと」が精神科医療の最も重要な目標であると教育されてきました。精神状態に関して、正常と異常を区別し、精神症状というラベルをつけて主に薬物療法によって取り除こうとするのです。
たとえば、肩が痛いとかおなかが痛いといった場合には、どうしてそうした症状が生じてくるのか考えます。しかし、現在の精神科医療においては、医療者が幻覚や妄想などとラベルをつけて、その精神症状を主に薬物療法で取り除こうとします。しかし、たとえ幻聴や妄想であっても、そうした精神症状には本人にとって意味があるのです。こうした意味を考えるのが北海道ベテルの当事者研究になります。さらにこちらのTEDトークも参考になります。

エレノア・ロングデン: 私の頭の中の声

精神症状を取り除こうとするだけではなく、精神症状との共存を図ることによって回復することがあることがわかります。

また、「精神症状をなくすこと」を第一の目標とすると、そのためには身体拘束も許されるし、不告知投薬も許されるし、多少の薬の副作は仕方がない....ということになります。「精神症状をなくす」ためにさまざまな薬を試し、増量し、さらに併用することで、多剤大量併用療法が起こってきます。

もし、「人間としてのその人を支えること」が精神科医療の最も重要な目標としたらどうでしょうか?身体拘束は絶対にやるべきではないということになり、強制医療の正当性も再考することが必要になります。もちろん、「精神症状をなくすこと」も人間としてのその人を支えることに役に立つので、優先度は下がりますが否定されることはありません。

反響

更新:2018/1/12

身体拘束を考える視点その2

2.身体拘束を減らすために

A.「専門性の壁」「密室性の壁」から考えた身体拘束削減の方法

医療機関における身体拘束には、
・専門性の壁
・密室性の壁
があるのではないかと考えています。

A-1.専門性の壁を崩すもの

医療機関における身体拘束に共通する「専門性の壁」を打ち壊すものが、杏林大学の長谷川先生が提唱されている身体拘束の可視化による検証可能性の担保になると思います。具体的には、身体拘束開始前からビデオ録画をすることです。この身体拘束の可視化によってかなりの抑制効果が期待できます。

そもそも医療機関における身体拘束をめぐるトラブルは、医療者側の身体拘束実施判断基準に本人、家族が納得できないことから生じてきます。医療者の判断基準が社会的な常識からかけ離れている可能性があるのです。身体拘束の可視化によって、こうしたことも修正が可能になるものと考えられます。

さらに、この身体拘束の可視化には二つの意義があるのではないかと思います。
 ・個別のケースに関する妥当性の検証材料
 ・今後の身体拘束削減(廃絶)に向けての検討材料

・個別のケースに関する妥当性の検証材料
これは、身体拘束に関する「専門性の壁」を破るためのものです。これによって大きな抑制効果が期待できます。
病院側にとっても、万一トラブルになったときに正当性を主張することができる大きな根拠になります。

・今後の身体拘束削減(廃絶)に向けての検討材料
プライバシーが担保された形で可視化データを提供することで、さまざまなバックグラウンドの人が集まって身体拘束削減に向けて意見を出し合うことができるようになります。今までほぼ医療者だけが検討していた身体拘束削減に向けた取り組み、さまざまな分野からいろいろな意見、アイディアを出していただいて、社会のあり方を含めた根本の部分からの身体拘束削減に向けた取り組みを本格化することができるようになります。
現在の医療者だけによる検討では、たとえば現行の法制度を前提にした検討しかできません。そうすると医療機関でありがちなリスク回避のために行動制限削減に対して及び腰になってしまうという現状を変えることは困難です。しかし、さまざまな分野の人を含めた検討、それもブレインストーミング的な検討が行われるようになれば、精神障害の人と共生していく社会のあり方、さまざまなリスクに対する法制度自体を変えて対応を考えていく方向性が生まれてくるかも知れません。

A-2.密室性の壁を崩すもの

もう一つ、精神科病棟において特に顕著な「密室性の壁」を崩すものは、身体拘束に関する情報の収集と入院している人ひとりひとりに病院、家族と関係のない権利擁護者をつけることです。

・身体拘束に関する情報の収集

身体拘束に関して病院から公開されている情報はほとんどありません。やむを得ず入院せざるを得ない場合に、入院させざるを得ない場合、身体拘束に関する情報に基づいて病院を選ぶことは難しいのが現状です。病院の口コミサイトはたくさんありますが、誰も情報の真偽について担保していません。地域包括や保健センターに問い合わせても、病院ににらまれると困るので、本当の情報は教えてくれないでしょう。そこで、活躍が期待されるのが、「精神科医療の身体拘束を考える会」などの民間団体です。
精神科医療の身体拘束を考える会

この団体には、全国からさまざまな情報が寄せられています。さらに、代表の長谷川利夫先生によると、「身体拘束をしない病院はないか」という問い合わせもあるそうです。
身体拘束に関する情報が整理され、病院を利用する際に参考にされるようになったら、病院も身体拘束に関する考え方を変えざるを得ません。身体拘束に関するとても大きな抑制効果が期待できます。

・入院している人ひとりひとりに病院、家族と関係のない権利擁護者をつけること

閉鎖病棟の中、侵されがちな人権を守るために、入院している人ひとりひとりに病院、家族と関係のない権利擁護者をつけることが重要です。特に「病院、家族と関係のない」ということがポイントです。こうした人が行動制限最小化委員会等へ外部委員として出席が認められるようになると、病院の文化は大きく変わっていくことでしょう。

<参考情報>
以前9ヶ月間だけですが、A級刑事施設の医務官をしていたことがあります。名古屋刑務所における被収容者の虐待事件があって、100年続いた監獄法が平成18年に改正されました。私が平成20年に赴任したときに導入されていた仕組みが、保護室入室時のビデオ録画です。刑事施設内でトラブルがあって、非常ベルがなると刑務官が集まってきます。その中にはかならずビデオカメラを持って現場に行く職員が複数いて、保護室入室前後の経緯を記録しているのです。
一日に何回も非常ベルは鳴ります。保護室入室はそれほど件数がありませんが、検証可能性が担保されることで、刑務官の被収容者に対する意識はずいぶん変わったのではないかと思っています。(旧監獄法時代の刑務官の著作を読むと、満期風を吹かせていた被収容者に対して背負い投げをして骨折させてしまったけれど、何らおとがめなし、みたいな記述があったりします。)

身体拘束を考える視点その3

更新:2018/1/12

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