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2つの2割 ~日本の精神病床数

日本の精神病床数は、約34万床。
これは世界の精神病床数175万床の約2割、日本の病床総数の約2割に当たる数字です。

WHO の World Health Statistics 2014のデータです。
WHO World Health Statistics 2014

Part III. Global health indicators 130ページからの 6.Helth Systems に Psychiatric beds(per 10000 population,2006-2010) という欄があります。

これをみると、最も多いのは日本の27.8となっています。そして、138ページにGlobalという欄があり、2.5という数字が出ています。

世界の人口は、2011年に70億人を突破したそうなので、世界の精神病床数は、
70億×2.5/10000=約175万床
ということになります。

「もう一つの2割」の方の「日本の病床総数と精神病床数」です。

厚生労働省平成25年医療施設(動態)調査・病院報告の概況 医療施設調査

        平成25年度      平成24年度
病床総数   1,695,210       1,703,950
精神病床数  339,780        342,194

更新:2015/4/9

精神医療改革

日本の精神科医療には大きな問題が山積しています。

改革の動きもいくつかあります。
現在の改革は、「長期入院患者の解消」をメインターゲットにしています。
精神科病棟に長期入院している人は、疾病だけではなく、「長期入院していた」ということによる後遺症の影響が大きく、一筋縄ではいかない人ばかりです。長期入院者は、ある意味で「保護されている」とも表現できる特殊な環境に長期間いたために、疾病の影響も相まって環境変化に適応する能力が大きく低下してしまっています。

こうした人々をまじめに支援してきた支援者は、地域移行のために環境変化の少ない「病棟転換型居住系施設」を容認する立場になりがちです。

また、現状では精神保健福祉法に規定される強制医療が必要なケースが存在することは確かですが、今後の社会の成熟に伴って減少していくものと思います。こうした社会的な役割を失いつつある精神科病棟とその看板を変えただけの病棟転換型居住系施設を社会からなくすべきという原則論に忠実な人は、「病棟転換型居住系施設」に絶対に反対の立場となります。
何を重視するかが異なるので、議論があまりかみ合いません。後ろでほくそ笑んでいるのが日本精神科病院協会という構図になっています。

フィンランドの改革やベースとなったオープン・ダイアローグ・アプローチ(ODA)の考え方を参考にすると、精神科医療改革は精神科急性期の対応を変えることがポイントになるのではないかと考えています。

こころの科学に伊勢田堯先生が「フィンランドとベルギーの精神医療改革」と題する論文を執筆されました。
・伊勢田堯:フィンランドとベルギーの精神医療改革-発病早期の治療vs長期入院の解消.こころの科学No.180、63-69、2015

この論文によれば、オープン・ダイアローグ・アプローチを中心とした発病最初期の段階から、患者・家族を支援する早期介入サービスの導入による精神医療改革に着手したフィンランドでは、統合失調症の1年以上の入院患者はゼロになり、脱施設化も順調に進んだそうです。

日本の精神科救急の世界では、「隔離・拘束などの行動制限は暴れている患者に安全に近づくことができるきわめて有効な手段であり、もっと活用することが重要だ」みたいな主張が大手を振ってなされているそうなので、ここら辺からかえることかなと思っています。

以下、私が伊勢田先生の論文から理解したところを記載します。

・フィンランドの精神医療改革について
過去に現在の日本以上の隔離収容大国だったフィンランドは、昨今の病院中心から地域ケアへの精神医療改革が功を奏し、脱施設化が順調に進んだ。

人口1000人あたりの精神科病床数
1980年 4.0 →1990年 2.3 →2000年 1.0 →2009年 0.84 →2014年 0.71
ちなみに現在の日本は、2.69です。

・改革の中心は1990年からのオープン・ダイアローグ・アプローチ(ODA)の全国展開 ←統合失調症患者への早期介入(発生予防、慢性化予防)の取り組み

オープン・ダイアローグとはフィンランドの西ラップランド精神保健圏域で展開されている精神科治療システムです。
ドキュメンタリー映画がYOUTUBEで公開されています。(74分)



統合失調症圏の精神障害の初回エピソードに対して、8割以上が障害を残さずに回復、5年後に薬物療法をしているのはわずかに33%のケースのみという驚異的な治療成績を残しています。「統合失調症は慢性進行性疾患」を常識にしている、私たち日本の精神科医療では考えられないことです。

雑誌「精神看護」の2015年3月号に論文が載っています。
・下平美智代:さらに見えてきたオープンダイアローグ フィンランド、ケラプダス病院見聞録.精神看護vol18,No.2、p.106-122、2015

この論文の中にある、初回エピソードで旧来の精神科医療の治療を受け、2回目のエピソードでオープンダイアローグの治療をうけたある女性の言葉です。
「これは1年前の私の最初の病気の時と比べてとても違っています。その時、私の家族は医師と会いました。その医師の主な関心は、家族の皆にいかに私がおかしいか聞き出すことでした。私がまるでそこにいないかのようでした。今はすべてが違います。私はここに居て尊重されています。」

これは、イタリア トリエステでの精神障害の急性期の人に対する対応にとてもよく似ています。

・取り組みの成果
 1年以上入院した統合失調症患者はゼロになった。
   ←これに対して日本では、「入院中の精神障害者のうち、1年未満入院者の平均退院率」を平成26年度に76%にする目標を立てていますが、
    平成20年度 71.2%  平成24年度 71.3%
    とほとんど改善が認められていません。
 すべての統合失調症障害(統合失調症及び統合失調症型精神病)患者は有意に減少した。このうち減少したのは統合失調症だけであった。
 →初回接触の患者の全体数は減少していないので、精神科の危機から統合失調症になるケースが減少したことは明らかのようだ。
  統合失調症の現象を治療不可能な病理と解釈することはできない。
  ODAは統合失調症を予防していないとしても、少なくとも慢性化予防にはなっている。

・新たな取り組みは重度の精神保健問題発生に強い影響をもたらし得ることが示唆された。
 これらの成果は危機の際に現場の大勢の関係者が参加したことによって支えられたものである。

フィンランドの精神医療改革のポイント
・改革のリーダー達が、「ヒューマニズムに基づいた精神医療」を創造するという崇高な理想を掲げて邁進したこと
・発病最初期の段階から、患者・家族を支援する早期介入サービスの導入による精神医療改革に着手したこと
 (←これに対して、日本では長期入院患者の解消を改革のターゲットにしている)
・隔離収容のサービスが染みついた職員への研修に多大な努力を払ったこと ←個人的にはこの点に興味があります。

日本の精神科医療改革でも、質のいい早期介入サービスを充実させるのが大切なのではないかと思いました。もちろん、この「早期介入サービス」とは精神科薬物療法を中心とした介入ではなくて、オープンダイアローグなどの「現場の大勢の関係者」が暖かく関わるタイプの急性期介入です。

私はずっと急性期に隔離・拘束などの行動制限を多用した強制的な精神科医療に慣れ親しんできましたが、こうした急性期介入のあり方が実は大きな問題なのではないかと思い始めています。
統合失調症などの内因性の精神病においても、精神症状は環境的な要因の影響を受けやすいものです。日本の急性期における精神科医療の、本人の意思を無視した強制的な対応が、その後の精神疾患の予後に大きな悪影響をもたらしていると思われてなりません。
隔離・拘束などの行動制限を多用し、精神科薬物療法を治療の中心に据えた「日本の通常の精神科急性期介入」を行うと、数%の「重度かつ慢性」という人(国の審議会ではnew long stayなどと呼んでいます)を生み出してしまうのではないでしょうか。

ところで、このnew long stay だとか old long stayだとか、とんでもない用語だと思います。この表現だと精神障害の当事者がまるで自分の意思で精神科病院にいるようなイメージになってしまいます。

もう一つのベルギーの精神医療改革についてです。

ベルギーには、国民皆保険制度があり、精神科医療は民間単科精神科病院が中心で、精神科病床数が多く、平均在院日数が長いなど、日本と同じような特徴を持っています。日本精神科病院協会では、平成24年5月の将来ビジョン報告書の中でベルギーの1990年改革を成功例として紹介し、介護精神型老人保健施設の創設を主張しました。
http://www.nisseikyo.or.jp/news/jimukyoku/757.html

日精協の将来ビジョン報告書をかいつまんでみると・・・

ベルギーでは1990年から、精神科病床削減を目的とした新型ナーシングホームPVTuが創設された。病棟転換型のPTVuも認められ、普及が進んだ。PTVuは病院敷地内で、一回限りの使用とされ、患者が亡くなればそのベッドは封印され、患者の利用率が下がれば自然とその施設は閉鎖されることになっていた。PVTuは「入口を別に設ければ同じ敷地内でもよい・・・」等、規則が緩和され、病棟からの転換が容易であった・・・
などと今回の病床転換型居住系施設ときわめてよく似た施設がつくられた。

しかし、このベルギーの1990年改革は残念ながら、少ない人手で大型の施設収容的環境のまま長期入院患者を囲うことになってしまい、失敗におわりました。

2010年から新たな改革が始まりました。精神科病院の病床削減と、人口に応じた地域別の必要なモバイルチーム(急性治療チームと慢性期治療チーム)を病院で立ち上げることをセットにし、私立精神科病院の総体としての予算を確保する形で、病院医療から地域ケアへの転換を図っているようです。実際にこの6年間で急速に脱施設化が進行し、伊勢田論文によれば改革は軌道に乗っているようです。

これに対して日本では、当事者団体の強い反対を押し切り、病棟転換型居住系施設を認める政策を打ち出しました。これは、精神科病棟をそのまま介護施設、グループホームやアパートその他の居住系施設への転換を認めるもので、ベルギーで失敗に終わった1990年改革をモデルにしたものです。
せっかくのベルギーでの20年間の社会実験の教訓は活かされませんでした。

病棟転換型居住系施設を検討した国の審議会(精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針等に関する検討会)委員だった方からのメ-ルです。

>国の審議会では昨年の国検討会でもしきりと取り上げられたベルギーの話ですが、
>病棟転換容認派は国情が似ていることをベースに、転換施設を導入したベルキーを
>礼賛、しかし検討途中に「時間の推移で改革を見直したベルギー」のことが情報として
>出回ると、ぱったりと“ベルギー話”は止みました。

更新:2015/4/2

北海道浦河町 べてるの家訪問記

3月8日(日)から12日(木)にかけて、北海道浦河町べてるの家を訪問してきました。
少し長いですが、訪問記を書きました。

べてるの家訪問記

北海道浦河町のべてるの家は、「当事者研究」で有名です。
べてるねっと



これは、精神障害の当事者が自らの精神障害を詳しく研究し、その精神症状の特徴を見つけ出すことで有効な対処法を身につけていくやり方です。
精神科薬物療法で精神症状を押さえ込むやり方は、正常な人間としての活動も抑え込んでしまうので、たいへんに副作用が大きいのですが、このやり方はだいぶ違います。

また、べてるの家は「精神障害があること」を隠さずにオープンにすることで、全国各地から人々の注目を集め、さらに日高地方の名産品の販売で、地域の中で注目される経済力を持っています。








過疎化が進む地域の中で、べてるの家は地域経済を引っ張る大きな力になっています。
障害のある人が「経済力をつけて地域社会から必要とされる存在となる」というモデルになっています。

浦河町では、浦河日赤病院の精神科病床60床が休床になり、地域で精神科病床がなくなりました。
こうした状況の中、認知症の人を支える社会をつくるための指針を、ということで講演に呼ばれていったのです。

当初8日日曜日から10日火曜日までの予定でしたが、帰京予定の10日火曜日に飛行機が飛ばず、12日に東京に戻りました。

更新:2015/3/24

精神科病棟の問題点

先日、認知症ケアの専門家が認知症精神科病棟を見学し、その中での処遇に驚愕したというお話を聞きました。認知症精神科病棟も日本の精神科医療の問題点をそのまま引き継いでいます。

日本の精神科医療の問題点は、
・民間精神科病床が過剰に存在していること
・精神保健福祉法の問題
の2点に集約されます。

世界の精神科病床185万床の約2割にあたる35万床の精神科病床が日本にあります。そして、その9割が民間病床です。日本にだけ入院を必要とする精神障害の人が多いわけではありません。さらに治療技術の進歩と社会意識の変革により、入院を必要とする精神障害者は減り続けています。
その一方で現在の日本では、認知症の人を支える社会的な支援が不十分なために、精神症状を生じてしまう認知症の人が多く存在しています。さらに民間事業者は保有する設備を活用しないと経営が維持できないため、民間精神科病院では「入院してくれる人」を求めています。この「精神症状のある認知症の人の入院ニーズ」と「入院する人を集めたい民間精神科病院のニーズ」がぴたりと一致して、現在の日本では認知症の人の精神科入院が増えているのです。世界的に見てきわめて非常識で異常な状態です。

        病院に入院中の  精神科病床に入院中
        認知症の人の数    の認知症の人の数

• 平成11年    54000人      36700人  
• 平成14年    71000人      44200人  
• 平成17年    81000人      52100人  
• 平成20年    75000人      51500人  
• 平成23年    80000人      53400人  

精神科医療は精神保健福祉法によって規律されています。
精神保健福祉法は、決して精神障害のある人の自立支援、自己決定権行使のための法律ではなく、精神障害者の社会からの隔離・収容のための法律であり、深刻な問題点を内包しています。この法律に従って医療を提供していると、自然に上から目線で管理的な医療になってしまいます。

日本ではじめて精神障害に関する法律が出来たのは1900年(明治33年)の精神病者監護法です。精神病者監護法の立法趣旨は、問題を起こす可能性のある精神障害者の社会からの隔離と管理でした。
そして、精神病者監護法では、自宅に牢屋のような監置場所をつくって、そこに精神障害者を監置するという、世界に類のない私宅監置制度(座敷牢)が認められました。この私宅監置制度を管理したのは、内務省-警察です。私宅監置された精神障害者は、十分な医療やケアを受けることはなく、多くは悲惨な状況に置かれていました。そして、その実態を調査した東京帝国大学 呉秀三教授は、「わが国十何万の精神病者はこの病を受けたるの不幸のほかに、この国に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」という言葉を残しました。

こうした悲惨な私宅監置制度の弊害を解消するため、公立の精神科病院の建設を目的として大正8年に精神病院法が制定されました。

残念ながら、第一次世界大戦後の経済事情の悪化で、公立病院の設置は進みませんでした。

戦後になって、ついに私宅監置制度は廃止されることとなり、都道府県に公立精神科病院設置義務を課した精神衛生法(1950年)がつくられました。その後、1954年(昭和29年)の患者調査で全国に精神障害者が約130万人、うち要入院の状態の人が35万人存在していることが明らかになりました。このときの精神科病床数は約3万床です。何万人もの人が私宅監置に近い状態に置かれている可能性があったのです。

入院設備の整備が急務とされましたが、公的病院の整備は「財政難」を理由として遅々として進みませんでした。国では、1958年に厚生省事務次官通知として精神科特例(精神科病棟においては一般科病棟に比較して、医師数は1/3、看護師数は2/3でいいとして、精神科病院に運営上のメリットを与えたもの)を出し、1960年に医療金融公庫が設立され、民間精神科病院の建設に低利融資が行われたことで、民間精神科病院ブームといわれる状況が起きました。
さらに1964年(昭和39年)のライシャワー事件で、「危険な精神障害者を野放しにするな」という世論が盛り上がり、旧厚生省は精神障害者の収容政策に大きく舵を切りました。

その後、宇都宮病院事件などの精神科病院不祥事の多発をうけ、精神保健法(1987年)と名前が変わり、1995年には精神保健福祉法とななりました。
法律の名前は変わりましたが、精神保健福祉法の立法趣旨は精神病者監護法の昔と変わらず、「社会にとって困った存在となりうる精神障害者に医療及び保護を与えるという名目で、社会から隔離・収容すること」です。

私たち精神科医は、精神保健福祉法に則って医療を提供するように訓練されます。そして、精神保健指定医の資格を持つと強制的な入院の決定や入院中の行動制限の指示が出せるようになります。精神保健指定医は、5年間以上の臨床経験(うち3年以上の精神科臨床経験)を持つ医師が所定の講習を受講し、8例の症例レポートを提出し合格すると厚生労働大臣から与えられる資格です。
8例の症例レポートの採点ポイントは、精神保健福祉法に定められた強制入院制度や行動制限の制度に関してきちんと理解しているかどうか、です。

精神保健福祉法
第一条  この法律は、精神障害者の医療及び保護を行い、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(平成十七年法律第百二十三号)と相まつてその社会復帰の促進及びその自立と社会経済活動への参加の促進のために必要な援助を行い、並びにその発生の予防その他国民の精神的健康の保持及び増進に努めることによつて、精神障害者の福祉の増進及び国民の精神保健の向上を図ることを目的とする。

この第一条の立法趣旨にあるように、精神障害者の自立や自己決定権の行使の支援がはじめに掲げられてはいません。まず、「精神障害者の医療および保護」が第一に掲げられています。また、「その社会復帰の促進及びその自立と社会経済活動への参加の促進のために必要な援助」と書かれているように、まず、精神障害者が社会から排除されていることを前提とした記載になっています。

そして、現実の医療現場では、精神保健福祉法は主に強制的な精神科入院と行動制限を正当化するための根拠として使われています。

おそろしいことに、精神保健福祉法に則って医療を提供していると、知らず知らずのうちに
・精神障害者は自分たちとは「違う」人々である
 →精神障害者が慢性期閉鎖病棟の「ひどい環境」で生活していてもおかしいとは思わない
・精神障害者は自己決定する能力に欠けているので、こちらから生活上の指示を出して従わせるのが、相手にとっても望ましい
などという意識を自然に持ってしまうのです。

実は精神科医療の専門家達が、精神障害者に対してきわめて強い偏見を持っているのです。
(この「精神科医療の専門家」にはもちろん私も含みます。)

私は、ピラミッド型の権力構造を持った組織では、人権侵害が起こりやすい傾向があるのではないかと考えています。
多くの精神科病棟は閉鎖病棟であり、密室です。その中は、医師を頂点としたピラミッド型の権力構造になっています。
精神科病棟は、そこに入院している人にとってだけではなく、働いているスタッフにもおそろしいところです。精神保健福祉法に定められた手続きを踏めば、合法的に入院患者の人権制限が可能になっています。医師だけではなく、働いているスタッフすべてに、入院している患者の人権を制限することの問題意識が希薄です。法に定められた手続きを踏めば、許されると考えています。数々の不祥事で、行動制限の要件は厳しくなりましたが、現場のスタッフに「行動制限を減らそう」という意識はなかなか生まれてきません。「必要があって行動制限をしている。それならば要件を満たして行動制限をできるようにしよう。」と考えてしまいます。

私は、精神保健福祉法のベースにある管理的な思想が問題であると考えています。以下、家族会の方からいただいたメ-ルを引用します。

精神保健福祉法は地獄の掟のような法律です。(中略)先生のおっしゃる通り、この法律では患者は幼児と同じ扱いです。入退院は家族と医師が決めてしまいます。医師は強大な権力を持ち、患者は自信を喪失し、自分を普通の人間とは思えなくなっていきます。権利を回復するための精神医療審査会は医師の味方です。精神科病院での処遇のあり方が、精神障害者の福祉施設のあり方にも影響を与えています。患者は退院して福祉施設に通っても、職員に対して同じような立場に置かれます。なんとか廃止したい法律です。

管理者も同様なので、ひどい場合にはスタンフォード監獄実験のような状態になってしまうことがあります。

スタンフォード監獄実験で明らかになったのは、権力を持つ人間が持たない人間と狭い空間で一緒にいると次第にびっくりするような虐待をしてしまう可能性があること、そして「普通の人」が組織の中で役割を与えられただけでそうなってしまうということでした。特定の個人に責任があるというよりも、システムに問題があるために虐待や人権侵害が生じてしまうのです。

スタンフォード監獄実験の責任者だった人のTED講演「フィリップ・ジンバルド:普通の人がどうやって怪物や英雄に変貌するか」を見ました。

フィリップ・ジンバルド:普通の人がどうやって怪物や英雄に変貌するか

なかなか素晴らしいのでご覧ください。

「悪」は「力の間違った行使」です。スタンフォード監獄実験でわかったことは、「環境によって、所属する組織のシステムによって、普通の人が極悪なことを平気でしてしまう」ということでした。イランのアルグレイブ刑務所での信じられないような虐待も「普通の兵士」がしたことでした。

権力を与える場合には、それが濫用されないように細心の注意を払わなければなりません。

精神科の閉鎖病棟においては、医療者に強大な権限が与えられています。
現状の法制度に基づくあの環境では、その濫用を防ぐことができません。
「普通の人、普通の医療者が虐待をしてしまう」のを防げないのです。
精神保健福祉法を抜本的に改正するか、20万床以上と思われる「過剰な精神科病床」を即刻閉鎖すべきだと考えています。

更新:2015/3/17

「新オレンジプラン」の問題点

平成27年1月27日、新しい認知症施策が発表されました。
認知症施策推進総合戦略~認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて~(新オレンジプラン)です。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000072246.html

この施策では、「当事者本位の支援モデルの構築」が基本的コンセプトとなっています。しかし、策定の最終段階で精神科病院の役割が強調された文言修正が入ったため、このコンセプトがぶちこわしになってしまいました。以下、ご説明しましょう。

<認知症とは>
認知症は
いったん正常に発達した知的機能が持続的に低下し、複数の認知障害があるために日常生活、社会生活に支障をきたすようになった状態
と定義されています。

認知症においては、もの忘れや判断力の低下という認知機能障害と一部の認知症の人に不安、焦燥、抑うつ状態、幻覚や妄想、興奮、徘徊、不潔行為などの行動・心理症状と呼ばれる精神症状が認められることが知られています。
認知症の人は圧倒的に高齢者が多く、認知機能障害に加えて、高齢化による身体機能低下が認められることがあり、さらに一部の認知症の人には精神症状が出現したりするなど様々な状態となり得ます。そして、認知症の人は「日常生活、社会生活に支障を来している」ので、まず必要なのは適切な生活支援です。さまざまな状態像の認知症の人に対して、当事者本位の適切な支援を提供することが大切なのです。

認知症の原因疾患は医学的疾患です。その意味で、医療の関与は欠かすことはできません。しかし、医学的な完全な予防法、医学的な完全な治療法が未だに開発されていない現状では、医療は「認知症の人の生活を支援する場面」での下支えの役割に徹すべきです。
(完全な治療法があれば、正確な診断とそれに基づく治療が中心になることでしょう。また、完全な予防法があれば、それを広めるのが大切になります。残念ながら、現状ではどちらも存在しないのです。)

日本では、こうした認知症の人への適切な支援が提供されているとは言いがたい現状にあります。そのために、認知機能が低下した認知症の人が環境に適応できずに混乱したりして、精神科医療が必要となるケースが多くあります。しかし、国民全体の認知症の人への正しい理解が深まり、適切な支援が提供されるようになれば、こうした「認知症の人への精神科医療の必要性」は減ってきます。いわば「認知症の人への精神科医療の必要性」が少なければ少ないほど、その社会は「認知症高齢者等に優しい社会」と言えるのです。
認知症の人を支援する場面において、精神科医療を前面に出さなくてはいけない社会は、「認知症高齢者等に優しい社会」とは到底言えません。この点で、今回の新オレンジプランが精神科病院の役割を強調しているのは、世界中に日本の恥をさらしたようなものです。

<新オレンジプランの問題点(各論)>

(本文9ページ)
「介護現場の能力を高め、介護で対応できる範囲を広げるためには、精神科や老年科等の専門家による、医療の専門性を活かした介護サービス事業者等への後方支援と司令塔機能が重要であり、その質の向上と効率化を図っていく。」
←医療の「後方支援機能」はきわめて重要です。しかし(特に精神科医療に)「司令塔機能」は持たせてはいけません。

(本文9ページ)
「具体的には、精神科病院等が介護事業所等と連携する、あるいは地域の ネットワークに加わり、介護職員や家族、認知症の専門科ではない一般診療科の医師等からの相談に専門的な助言を行ったり、通院や往診(通院困難な場合)等により適切な診断・治療を行ったりすることが必要である。」
←「精神科病院等」は「病床を持たない精神科医療機関」とすべきです。
病床をもった精神科病院にこうした相談機能を持たせることは、精神科病院に入院患者集客のための効率よい道具を提供してしまうことになるからです。これは、今回の新オレンジプランの中心的コンセプトである「認知症の当事者本位の支援モデル」の構築に反しています。

<最大の問題点~循環型の仕組みの構築>
今回の新オレンジプランの最大の問題点は「循環型の仕組みの構築」(本文9ページ)という考え方にあります。

認知症の人の支援の場面で、もの忘れや判断力の低下などの認知機能障害に基づく問題に対しては、ほとんどの場合、介護保険のサービスを有効に利用することで対応することが可能です。認知症の人の支援の場面で困ってしまうのは、行動・心理症状などの精神症状が出現してしまったときです。

新オレンジプランでは、行動・心理症状などの精神症状が出現したときに、「循環型の仕組みを構築」して対応するとしています。

(本文9ページ)
「当該医療機関・介護施設等での対応が固定化されないように、 退院・退所後もそのときの容態にもっともふさわしい場所で適切なサービスが提供される循環型の仕組みを構築する。その際、入院・外来による認知症 の専門医療も循環型の仕組みの一環であるとの認識の下、その機能分化を図りながら、医療・介護の役割分担と連携を進める。」
「そのときの容態に最もふさわしい場所で適切なサービスが提供される」

これは旧来のサービス提供モデルで利益を得てきたサービス提供業者の既得権を守るために考え出されたモデルです。
当事者の希望、ニーズに合わせて、サービスを工夫し、調整して提供するのではなくて、既存のサービスに当事者を当てはめていくモデルです。

「循環型の仕組み」では、当事者ではない周囲の人が、既存のサービスから「最もふさわしい場所での適切なサービス」を(恣意的に)選択し、そのサービスに当事者を当てはめます。そして、状態が変化したときには、「当事者を循環させる」モデルです。←たらい回しに近いと思います。
この「当事者を循環させる」ことによって、認知症の人には深刻なリロケーション・ダメージを生じます。きわめて問題の多いモデルなのです。

今回の新オレンジプランの中心的コンセプトである、「認知症の当事者本位の支援モデル」の構築のためには、こうした従来型のサービス提供モデルを否定し、認知症の人の思いと希望を最優先して、その実現のために必要なサービスを工夫、調整して組み合わせるという考え方が必要です。
必要なのは「(当事者を循環させる)循環型の仕組み」ではなくて、たとえ状態が変化しても当事者が暮らしたい場所で、必要なサービスを受けて暮らし続けることができる仕組みなのです。

「入院・外来による認知症 の専門医療も循環型の仕組みの一環であるとの認識」
←正しい認識ではありません。循環型の仕組み自体が、今回の新オレンジプランの中心的コンセプトである「当事者本位の支援モデル」に明確に反していることと、「入院・外来による認知症の専門医療」は、必要時に認知症の人の生活を下支えする役割にすぎないからです。

(本文10ページ)
「行動・心理症状(BPSD)に対応するに当たっては、病識を欠くことがあり、症状によっては本人の意思に反したり行動を制限したりする必要がある。精神科病院については、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和25年法律第123号)の体系の中で、行動の制限が個人の尊厳を尊重し、人権に配慮して行われるよう、適正な手続き等が定められている。」
←精神保健福祉法に規定されている行動制限の手続きは、一人の精神保健指定医に権限が集中しており、本人の権利を守るための仕組みがありません。精神保健指定医の恣意的な判断による行動制限を防止することができない制度設計になっており、「個人の尊厳を尊重し、人権に配慮した適正手続き」とはいいがたいものです。改善のためには、本人の権利を守る仕組み、例えば、入院患者一人一人に権利擁護者をつけるなどの仕組みが必要です。
行動制限の規定に象徴的にみられるように、精神保健福祉法は入院している人の権利を擁護する法律にはなっていません。
精神保健福祉法を抜本的に改正するか、精神保健福祉法が適用される場所(精神科病床)を必要最小限まで減らす必要があります。

新オレンジプランには、「認知症の人を精神科に入院させることの問題点を全く考えていない記載」が数多く見られます。「認知症の人を精神科に入院させること」は世界の常識から言ってきわめて非常識なことです。「認知症の人を精神科に入院させる」ことを前提とした記載はすべて削除すべきであると思います。

(本文11ページ)
「身体合併症への適切な対応」
「身体合併症への適切な対応を行うためには、身体合併症等への対応を行う 急性期病院等における行動・心理症状(BPSD)への対応力を高めること、及び精神科病院における身体合併症への対応力を高めることがともに重要であり、身体合併症等に適切に対応できる医療の提供の場の在り方について検討を進める。」
←これは次のように書き換えるべきです。
「身体合併症への適切な対応を行うためには、身体合併症等への対応を行う急性期病院等における行動・心理症状(BPSD)への対応力を高めること、及び総合病院精神科の充実が重要であり、身体合併症等に適切に対応できる医療の提供の場の在り方について 検討を進める。」

身体疾患は身体疾患を治療する一般科病棟で治療すべきです。精神科病棟で治療すべきものではありません。

更新:2015/3/4

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